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高松高等裁判所 昭和30年(う)530号 判決 1956年2月09日

控訴人 原審弁護人 藤田馨

被告人 織田正雄 竹本美登利

弁護人 唐津志都磨

検察官 高橋道玄

主文

原判決中被告人両名に関する部分を破棄する。

被告人織田正雄を罰金二万円に、同竹本美登利を罰金一万五千円に各処する。

被告人等において右各自の罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人織田正雄より金八千円を、被告人竹本美登利より金六千五百円を各追徴する。

被告人両名に対し公職選挙法第二百五十二条第一項に規定する選挙権及び被選挙権を有しない期間を二年に短縮する。

原審における訴訟費用は被告人等の負担とする。

理由

弁護人唐津志都磨の控訴趣意は別紙に記載の通りである。

論旨は原判決が被告人織田を罰金二万円に、同竹本を罰金一万五千円に各処した上二年間とはいえそれぞれ公民権の停止をしたことは刑の量定重きに過ぎるというのである。

先ず職権で審按するに、原判決はその認定事実の内第一の(一)(二)及び第二の(一)乃至(三)につき、

第一、被告人織田正雄は同候補者の立候補届出前

(一)昭和二十九年十一月二十三日頃丸亀市土器町一六〇番地高木進方に於て右同人を介し同候補者の選挙運動者香川五郎右衛門から同候補者に当選を得しめる目的を以て同候補者の為投票並びに投票取纒等の選挙運動等の報酬として供与するの情を知りながら現金千円を受取り

(二)昭和三十年一月十五日頃丸亀市土器町九三三番地の自宅に於て香川五郎右衛門から前同趣旨のもとに供与するの情を知りながら現金四千円を受取り、

之が供与を受け以て事前運動をなし、

第二、被告人竹本美登利は同候補者の立候補届出前

(一)昭和二十九年十一月十九日頃右香川五郎右衛門方に於て同人から前同趣旨のもとに供与するの情を知りながら現金千円を受取り、

(二)同日香川五郎右衛門方に於て同人から前同趣旨のもとに供与するの情を知りながら竹本正春より返還を受けたる現金千円を受取り、

(三)昭和三十年一月十五日頃丸亀市土器町西新開の自宅に於て香川五郎右衛門から前同趣旨のもとに供与するの情を知りながら現金千五百円を受取り

各これが供与を受け以て事前運動を為し

と判示し、両被告人の之等の各事実につき供与を受けたことがそれぞれ同時に選挙の事前運動をしたことにもなるものと解し、之等に対し各公職選挙法第二百三十九条第一号第百二十九条第二百二十一条第一項第四号刑法第五十四条第一項前段を適用して一個の行為にして数個の罪名に触れるものとしたのである。

しかしながら選挙運動とは特定の議員候補者又は当該選挙に立候補を意図する特定人の当選を得るため投票を得又は得しむるにつき直接又は間接に有利な諸般の行為を指称するのであつて、その性質自体飽くまでも他に働きかける即ち能動的なものを意味し、他から働きかけられる立場即ち受動的なものはこれを含まないものと言わなければならないのである。今度の選挙には某に投票願いたいというように働きかけるのが選挙運動であつて、その頼まれた人即ち働きかけられた人がよしそれを承諾したとしても選挙運動をしたことになるものとは到底解し得ないのである。それと同様に候補者のため投票並に投票取纒等の選挙運動を為し又は為すことの報酬として金員の供与を受けても、その金員の供与を受けたこと自体が選挙運動をしたことになるわけではなく、このことは当該供与を受けた者が候補者の選挙運動人であるということにより何等理を異にすべきものではない。然らば原審がその判示第一の(一)(二)及び第二の(一)(二)(三)につき熟れも前記の通り認定し、各供与を受けたことが受供与罪となると同時に事前運動に該当するものとして各該当法条を適用し右両罪が想像的競合に立つものとしたのは法律を誤解し法令の適用を誤つたものと称せざるを得ずその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決中被告人両名に関する部分はこの点において破棄しなければならない。

更に原判決は被告人竹本美登利に関する原判示第二の(二)の事実を香川五郎右衛門の検察官に対する第二回供述調書謄本と被告人竹本美登利の検察官に対する第一回被疑者供述調書とにより認定しているのである。よつて右両調書を検討するに、香川の調書中この部分に関する供述としては「その晩欠席した竹本(竹本正春)の分はその兄の美登利に矢張り千円とお菓子をことづけた」という趣旨の記載があるのみであり、被告人の調書には「このようにして真部の話も終つたので帰りかけた際香川から私等が貰つたと同様の菓子袋と祝儀袋を差し出してこれを持つて帰つて正春に渡してくれと頼まれたので、これを引受けて持つて帰り翌日弟の家に持つて行き渡そうとしたところ、弟はそんなものはいらないと言つて受取らないので再び持ち帰り、菓子は子供に食べさし私が貰つた千円や弟が受取らなかつた千円の金は私が貰つてその当時丸亀競艇に行つて全部使つてしまつた」という趣旨の記載があるだけであつて、これだけの証拠からは竹本正春が受取らなかつた千円を香川から供与されたという認定に導くことは不可能で、到底原判示第二の(二)の受供与の事実を認定することはできないのである。しかし被告人は昭和二十九年十一月二十日頃(起訴状並に原審認定は十一月十九日頃となつているけれども証拠上からは十一月二十日と認定するのが相当である)香川五郎右衛門方に於て同人から弟竹本正春に供与すべく金千円を手交されてその交付を受けた事実は証拠上明認され得るところであるから、原審は本件は受交付罪として認定すべきであつたものと思料される。(当審に於て竹本被告人を尋問したところによると、同被告人は正春が受取らなかつた千円はその後香川からよいようにせよと言われたので競艇に行つてつかつた旨供述して居るけれどもこの供述は直ちに措信し難いだけでなく、記録上改めて香川から供与されたと認定するに足る傍証も存在しないので、やはり受供与罪を認定することはできない。)然るにこの点に関する証拠の価値を十分審究しないまま漫然受供与の事実を認定したのは判決に理由を付しない違法があるに帰し、原判決中被告人竹本美登利に関する部分はこの点に於ても又破棄を免れない。

よつて量刑不当に関する弁護人の控訴趣意に対する判断を為すまでもなく刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百八十条第三百九十七条により原判決中被告人両名に関する部分はこれを破棄し、同法第四百条但書の規定に従い当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実

被告人両名は昭和三十年二月二十七日施行の衆議院議員選挙に際し香川県第二区より立候補した真部友一の選挙運動者でありかつ選挙人であつたものであるが

第一、被告人織田正雄は、

(一)  昭和二十九年十一月二十三日頃丸亀市土器町一六〇番地高木進方で同人を介し、右候補者の選挙運動者香川五郎右衛門から、同候補者に当選を得しめる目的をもつて、同候補者のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を為す報酬として供与されるものであることを知りながら現金千円の供与を受け、

(二)  昭和三十年一月十五日頃丸亀市土器町九三三番地の自宅で、右香川五郎右衛門から前同趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金四千円の供与を受け、

(三)  同年二月四日頃丸亀市福島町万よしで、右香川五郎右衛門から右候補者に当選を得しめる目的をもつて、同候補者のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を為す報酬及び他の選挙運動者に同様の報酬として供与すべきものとして一括して供与されるものであることを知りながら、現金三千円の供与を受け、

第二、被告人竹本美登利は、

(一)  昭和二十九年十一月二十日頃前記香川五郎右衛門方で、同人から前記候補者に当選を得しめる目的をもつて、同候補者のため投票並びに投票取纒等の選挙運動を為すことの報酬として供与されるものであることを知りながら現金千円の供与を受け、

(二)  同日同所で右香川五郎右衛門から、前同趣旨の下に竹本正春に供与せしめる目的をもつて手交するものであることを知りながら現金千円の交付を受け、

(三)  昭和三十年一月十五日頃丸亀市土器町西新開の自宅で、右香川五郎右衛門から前記(一)と同趣旨の下に供与されるものであることを知りながら現金千五百円の供与を受け、

(四)  同年二月五日頃前記自宅で、右香川五郎右衛門から竹本正春を介し前同趣旨の下に供与されるものであることを知りながら現金三千円の供与を受け

たものである。

証拠

原判決に挙示した通りである。

法令の適用

判示第一の各所為及び判示第二の(一)、(三)、(四)の所為につき、

公職選挙法第二百二十一条第一項第四号罰金等臨時措置法第二条(各罰金刑選択)

判示第二の(二)につき、

公職選挙法第二百二十一条第一項第五号罰金等臨時措置法第二条(罰金刑選択)

別に被告人両名に対し、

刑法第四十五条前段第四十八条第二項第十八条

公職選挙法第二百二十四条後段第二百五十二条第三項

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

被告人両名に対する公訴事実第三の(一)(二)及び第四の(一)(二)(三)中各選挙の事前運動をしたとの部分は前記判断の際述べた通りであつて犯罪は成立しないが、執れも受供与の罪と想像的競合に立つものとして起訴されたものと認むべきであるから主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 渡辺進)

弁護人唐津志都磨の控訴趣意

原判決は次の理由の通り刑の量定が不当であるから破棄を免れないと信ずる。

原審に於ける第一回乃至第三回公判調書、織田正雄の警察員に対する第一回、第二回供述調書等に依れば被告人等は旧土器村の各部落の幹部であつたところ立候補告示前に於て真部候補の運動員である香川五郎右衛門より平和促進運動に協力方を頼まれそれが選挙の事前運動となる事を懸念し乍らその費用として三千五百円乃至五千円を受取つたものであつて初めより選挙運動の報酬を受取る為に積極的に選挙に関与したものでなく又二月四日及び五日受取りたる金三千円も平和促進運動より選挙に移行したので従来の関係上その侭絶ることも出来ずずるずる関与するに至つたもので寧ろ香川等の甘言に引込まれたものと言うべく動機に於て斟酌すべき点があるのみならず、前村長佐久間健助の証人尋問調書に依るも被告人等は前村議又は本件犯行当時の村議であつて従来選挙等には関与したこともなく又関与する人柄でもなく全く同僚村議である香川に頼まれ従来の同人との交宜上絶り切れず協力するに至り更に金銭を受取つたものであることが認められる。之に対し原判決は供与を受けたる金銭を追徴した上織田に対し罰金二万円、竹本に対し罰金一万五千円に処したる上二年間とは言へ公民権を停止したことは刑が重きに過ぎるものと言わねばならない。公民権は国民が政治に参与する唯一の基本的権利であり、この程度の案件に対して公民権を奪い政治的廃人同様とすることは不当と言わねばならない。

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